信楽焼とは|たぬきだけではない、土の表情を生かした器の特徴
信楽焼(しがらきやき)と言われて、店先のたぬきの置物を思い浮かべる方は多いと思います。けれど信楽は、六古窯のなかでも茶人に最も評価されてきた産地のひとつでもあります。
先に要点を書きます。信楽焼は滋賀県甲賀市信楽町を中心に焼かれてきた、六古窯のひとつです。特徴は、耐火性が高く粒の粗い土と、釉薬を掛けずに焼き締めること。この2つが、ざらりとした肌・赤みのある火色・溶けたガラス質の自然釉という、信楽独特の見え方を作っています。
この記事では、日本六古窯の公式サイトと信楽陶器工業協同組合の記述をもとに信楽焼を整理します。そのうえで、瀬戸と美濃で器を焼いている立場から、カフェの器として信楽焼を見るときの判断軸をお伝えします。
信楽焼とは:滋賀県甲賀市信楽町の、六古窯のひとつ
信楽焼は、滋賀県甲賀市信楽町を中心としたやきものです。日本六古窯の公式サイトは信楽の立地を「滋賀県南部に位置し、大阪、名古屋から100km圏内にある交通の要衝」と記しています。
始まりの時期は、出典によって書き方が違います。日本六古窯の公式サイトは「13世紀頃、常滑の影響を受けて開窯しました」とし、信楽陶器工業協同組合は「鎌倉時代中期に始まったとされています」としています。どちらも13世紀を指しており、常滑の技術が伝わって始まった産地という点は共通です。その常滑については 常滑焼とは にまとめました。
なお、信楽の土地そのものはもっと古くから知られています。信楽陶器工業協同組合は、聖武天皇の離宮があったこの地について「紫香楽宮を造営するには理想的な土地だったのです」と記しています。土地の歴史と、産地としての焼き物の歴史は別の話として読むのが正確です。
六古窯という枠組みと6産地の比較は 六古窯とは で、同じく常滑から始まった北陸の産地は 越前焼とは で扱っています。
信楽焼の特徴は「粗い土」と「釉薬を使わない焼き締め」
古琵琶湖層の土——大物が作れる耐火性
信楽焼を支えているのは土です。日本六古窯の公式サイトは、信楽の土を次のように説明しています。
古琵琶湖層から採取される土は耐火性に優れ、タイルから大甕まで対応できる、汎用性の高い土
信楽陶器工業協同組合も、信楽の土の特徴として「耐火性と粗い土質」を挙げ、「大物や肉厚の物を造るのに最適です」と記しています(信楽焼とは?|信楽陶器工業協同組合)。
耐火性が高いというのは、高い温度に耐えて形が崩れないということです。だから大きくて肉厚のものが焼ける。信楽が火鉢や大甕、そしてタイルまで作ってこられたのは、この土の性質が土台にあります。
肌に出る、長石の白い粒
信楽焼の見た目を語るとき、必ず出てくるのが肌の質感です。日本六古窯の公式サイトは「釉薬を施さずに焼き締めるため、長石と石英の砂粒が混ざったざっくりとした肌合い」と説明しています。
信楽陶器工業協同組合は、この粒がどう見えるかまで書いています。
粗い長石粒が溶けて、乳白色のツブツブになる独特の景色
粗い土を、隠さずにそのまま見せているのが信楽です。釉薬で覆って均一にするのとは逆の方向で、土の粒がそのまま景色になります。釉薬という層が何をしているのかは 食器の釉薬とは にまとめました。
火色・自然釉・焦げ——窯の中で生まれる3つの景色
信楽焼の表情は、色を塗って作るものではありません。窯の中で起きたことが、そのまま器に残ります。信楽陶器工業協同組合の記述が具体的です。
- 火色(緋色):「肌色、ピンク系や赤褐色系の美しい火色をつけ」、「人肌を感じさせるような温かい発色(緋色・火色)が珍重されています」
- 焦げ:「灰が積もる場所に置いた焼ものは、裾の部分が灰に埋まり、黒褐色の発色」となり、「茶陶などではこの焦げのさびた色合いが珍重されています」
日本六古窯の公式サイトも、信楽の見どころを「赤褐色の地肌にガラス化した自然釉と焦げが混じり合って生み出される独特の景色」とまとめています。
つまり器のどこが灰をかぶり、どこが炎に当たったかで、1点ずつ表情が変わるということです。これは魅力であると同時に、そろえて使う器としては条件になります。
私たちCAFORAも瀬戸・美濃で器を焼いていますが、焼成条件が発色を動かすという構造は産地を問わず共通です。違うのは方向で、CAFORAは同じ体験を再現するために窯の条件を揃えにいく設計をしています。口当たりや温度の残り方は サンプル で実際に確かめられます。
たぬきの置物は、いつ・どうして生まれたのか
信楽といえばたぬき、というイメージには、はっきりした来歴があります。
日本六古窯の公式サイトによれば、たぬきの置物が生まれたのは昭和前期。広く知られるようになったきっかけは昭和26年の昭和天皇の信楽行幸でした。信楽陶器工業協同組合も「狸の置物は信楽の代名詞となるほど有名です」と記しています。
ただし、産地の主力商品という意味では別のものがありました。同組合は「火鉢生産が盛んになり、昭和30年代前半まで産地の主要製品」だったと記しています。700年以上続く産地の歴史から見れば、たぬきも火鉢も比較的新しい製品だということです。
もともと作られてきたのは、日本六古窯の公式サイトが挙げる「甕壺をはじめとする大物、土瓶・神仏具・煎茶器などの小物」でした。同サイトは信楽の伝統を「形になるものは何でもつくる」と表現しています。汎用性の高い土を持つ産地らしい性格です。
なお信楽焼は、昭和50年9月に国の伝統的工芸品に指定されています。
カフェの器として信楽焼を見るときの判断軸
魅力のある産地ですが、店で毎日使う器として見るときは、確かめておきたいことがあります。
1. 焼き締めの器は表面の状態が違う 釉薬のガラス質の層がないぶん、粗い土の肌がそのまま出ます。においや着色の残りやすさ、洗い方の注意は器ごとに違うので、出す飲みものと洗浄方法を伝えて、つくり手や販売元に確認してください。素地が吸水するかどうかの違いは 陶器と磁器の違い が参考になります。
2. 火色と焦げは、1点ずつ違って当たり前 窯の中の置き場所で表情が変わるのが信楽の良さです。裏を返すと、30客を同じ顔でそろえるのには向きません。個体差を見せる器として使うのか、定番として揃えるのかを先に決めてください。
3. 粗い土は、口が触れる部分の当たりを必ず確認する 飲みものの器では、リムの質感が口当たりを大きく左右します。ざらつきの度合いは製品によって違うので、現物で確かめるのが確実です。
4. 食洗機・電子レンジの可否は産地名では決まらない 「信楽焼だから」では判断できません。個々の製品の表示と、つくり手への確認で決めてください。産地名で器の性格を決めつけられないという話は 日本の焼き物の種類 にまとめています。
よくある質問
Q. 信楽焼はどこでつくられていますか 滋賀県甲賀市信楽町を中心とした地域です。日本六古窯の公式サイトは「滋賀県南部に位置し、大阪、名古屋から100km圏内にある交通の要衝」と記しています。
Q. 信楽焼はいつから始まりましたか 日本六古窯の公式サイトは「13世紀頃、常滑の影響を受けて開窯」、信楽陶器工業協同組合は「鎌倉時代中期に始まったとされています」としています。どちらも13世紀を指しています。
Q. 信楽焼の赤い色は何ですか 火色(緋色)と呼ばれる、焼成で生まれる発色です。信楽陶器工業協同組合は「人肌を感じさせるような温かい発色(緋色・火色)が珍重されています」と記しています。絵の具で塗ったものではありません。
Q. 信楽焼のたぬきはいつからありますか 日本六古窯の公式サイトによれば、誕生は昭和前期で、昭和26年の昭和天皇の信楽行幸をきっかけに広く知られるようになりました。産地の歴史のなかでは新しい製品です。
Q. 信楽焼はカフェの器として使えますか 使えます。ただし焼き締めの粗い土は表面の状態と口当たりが製品ごとに違い、火色や焦げには個体差が出ます。そろえる数・追加発注・洗浄条件を確認してから選んでください。
まとめ
信楽焼とは、滋賀県甲賀市信楽町を中心に13世紀頃から焼かれてきた、六古窯のひとつです。常滑の影響を受けて始まりました。
特徴は、古琵琶湖層から採れる耐火性の高い粗い土と、釉薬を掛けない焼き締め。長石の粒が溶けて乳白色のツブツブになり、赤みのある火色、ガラス化した自然釉、灰に埋まった部分の焦げが混じって、1点ずつ違う景色になります。たぬきの置物は昭和前期に生まれた新しい製品で、産地が長く作ってきたのは甕壺や土瓶などの日常の器でした。
カフェの器として選ぶときは、産地名ではなく、表面の状態・個体差・口当たり・洗浄条件で見るのが確実です。
CAFORAは、瀬戸と美濃の技術のうえで、バリスタの理想から器を設計しています。信楽焼の器と比べてみたくなったら、瀬戸・美濃で焼いたラテボウル、両手で包む 温 -ON- と、ラテアートを広く見せる 拡 -KAKU- もご覧ください。サンプルは1点から購入できます。

