御深井とは|淡い緑に発色する灰釉と、名古屋城で焼かれた器の歴史
「御深井」と書いて「おふけ」と読みます。初めて見ると、まず読めない名前です。美濃焼の伝統的工芸品15品目のひとつですが、志野や織部に比べると、どんな器なのかを知っている人は多くありません。
御深井には、もうひとつ分かりにくいところがあります。同じ「御深井」という言葉が、場所の名前・焼き物の名前・釉薬の名前の3つを指していることです。名古屋城の一角の名前であり、そこで焼かれた器の名前であり、瀬戸・美濃で使われた淡い緑の釉薬の名前でもあります。
この記事では、美濃焼伝統工芸品協同組合と辞典の解説をもとに、この3つをほどいて御深井とは何かを整理します。そのうえで、瀬戸・美濃で器をつくる立場から、淡い緑の器をカフェで使うときの見方を書きます。
御深井とは|長石と木灰の釉薬が、淡い緑に発色するやきもの
美濃焼伝統工芸品協同組合は、御深井を次のように説明しています。
御深井とは一般に名古屋城内の御深井丸で焼かれた灰釉系のやきもののことをいう。長石に木灰を混ぜて作った釉薬が焼成中に釉薬に含まれている鉄分によって淡緑色に発色する。青磁を感じさせるやきものである。
要素を表にまとめます。
要素 | 内容 |
|---|---|
読み方 | おふけ |
名前の由来 | 名古屋城内の「御深井丸」 |
釉薬の系統 | 灰釉系(長石に木灰を混ぜたもの) |
色 | 淡緑色 |
色の理由 | 焼成中に、釉薬に含まれる鉄分によって発色する |
見た目の印象 | 青磁を感じさせる |
草木の灰を溶媒にした釉薬が灰釉です。御深井は、その灰釉の仲間のうち、鉄分によって淡い緑に発色し、青磁のような印象を持つものだと言えます。灰釉そのものの仕組みと、灰の種類で色が変わる理由は 灰釉とは にまとめています。
「御深井」が指す3つのもの|場所・焼き物・釉薬
御深井という言葉を読み解くときは、何を指しているかを分けて考えると混乱しません。
1. 場所としての御深井|名古屋城の御深井丸
「御深井丸」は名古屋城の中の区画の名前です。デジタル大辞泉は、御深井焼を尾張徳川家の御庭焼とし、窯場が名古屋城の御深井丸にあったところからの名だと説明しています。御庭焼とは、大名が自分の城や屋敷の中に窯を築いて焼かせたやきもののことです。
2. 焼き物としての御深井|御深井焼
その御深井丸の窯で焼かれたのが「御深井焼」です。日本大百科全書(ニッポニカ)によれば、茶具・仏具や飲食器が焼かれました。
3. 釉薬としての御深井|御深井釉
同じ辞典は、御深井焼で使われた釉薬を、美濃窯・瀬戸窯で江戸時代初頭から使い始めた灰釉系の透明度の高い、いわゆる御深井釉と説明しています。つまり釉薬としての御深井は、名古屋城より前から、瀬戸・美濃の窯で使われていたものです。
出典:御深井焼|コトバンク
美濃焼の伝統工芸品としての「御深井」は、この淡い緑の釉薬を使った器の様式を指しています。美濃焼の15の様式全体は 美濃焼とは で紹介しています。
御深井焼はいつ始まったのか|辞典によって説明が分かれる
御深井焼の始まりは、実ははっきりしていません。辞典ごとに説明が異なります。
辞典 | 開窯についての説明 |
|---|---|
日本大百科全書(ニッポニカ) | 初代藩主徳川義直のころの寛永年間(1624〜44)とする説と、2代藩主光友の時代(1650〜1700)とする説がある |
世界大百科事典(旧版) | 寛永年間(1624〜44)、御深井丸の北東にある瀬戸山に窯を築き、唐三郎らを招いて焼かせた |
精選版 日本国語大辞典 | 天保年間(1830〜44)、藩主徳川斉荘が御深井丸に窯を築いて焼かせた |
出典:御深井焼|コトバンク
江戸時代初期の寛永年間とする説明と、江戸時代後期の天保年間とする説明があり、200年ほどの開きがあります。この記事では、どれが正しいかを決めることはせず、辞典によって説明が分かれているという事実のまま紹介します。
確かなのは、御深井焼が尾張徳川家の御庭焼であり、名古屋城の御深井丸にちなむ名前であること。そして、そこで使われた淡い緑の釉薬が、瀬戸・美濃の窯の技術につながっていることです。瀬戸の歴史は 瀬戸焼とは にまとめています。
淡い緑は、鉄と焼き方で決まる
御深井の淡い緑は、美濃焼伝統工芸品協同組合の説明のとおり、釉薬に含まれる鉄分から生まれます。
鉄を含む釉薬は、窯の中の酸素の量で色が大きく変わります。土岐市の解説では、酸化鉄を2%含む鉄釉が、酸化焼成では黄瀬戸釉の黄に、還元焼成では青磁釉の青になるとされています。灰釉の土灰も、酸化焼成で黄褐色、還元焼成で淡い青緑になると美濃焼伝統工芸品協同組合は説明しています。仕組みは 還元焼成と酸化焼成の違い に書きました。
御深井が「青磁を感じさせる」と言われるのも、この鉄の発色の延長にあります。淡い緑は、狙って一度出すことより、同じ淡さで繰り返し出すことのほうが難しい色です。
私たちが器の量産を窯元と検討したときも、同じ白い釉薬でも酸化で焼くとやや黄寄り、還元で焼くとやや青寄りに出る、という前提で色味を決めました。白でさえ動くのですから、鉄で発色する淡い緑はなおさらです。
色のわずかな差は、写真ではほとんど伝わりません。瀬戸・美濃で焼いたCAFORAの器は サンプル で、実際の光の下で釉薬の質感を確かめられます(サンプルはグレーです)。
カフェの器として、淡い緑をどう見るか
淡い緑の器は、コーヒーの茶色とも、抹茶や焙じ茶のラテとも、ぶつからずに馴染みます。白ほど硬くなく、色の器ほど主張しない。一杯を静かに引き立てたい店に合う色です。
業務用として選ぶときは、次の3点を確かめてください。
- サンプルは本番と同じ窯・同じ焼き方で作ってもらう|鉄で発色する色は、窯と焼き方が変われば別の色になります。別の窯で焼いた見本で色を決めると、届いた器が違って見えます
- 並べて、色の幅を見る|1客で決めず、同じ器を複数並べて、どこまで緑の濃淡がばらつくかを確認します
- 追加発注で同じ色が出るかを聞く|割れた1客を半年後に買い足したとき、その1客だけ青く、あるいは黄色く見えないか。継続して同じ条件で焼けるかを確認します
私たちも自社の器の色を窯元と詰めるときは、発色と再現性を判定の軸にしています。狙った色が1回出ることより、同じ色が繰り返し出ることのほうが、毎日使う器にとっては大事だからです。釉薬の基本や、色を分けるときの制約は 食器の釉薬とは にまとめています。
よくある質問
Q. 御深井の読み方は? 「おふけ」です。御深井焼は「おふけやき」と読みます。
Q. 御深井は瀬戸焼ですか、美濃焼ですか 御深井焼は、名古屋城の御深井丸で焼かれた尾張徳川家の御庭焼です。そこで使われた御深井釉は、美濃窯・瀬戸窯で江戸時代初頭から使われ始めた灰釉系の釉薬とされています。美濃焼では、伝統的工芸品15品目のひとつに御深井が入っています。
Q. 御深井と青磁は同じものですか 同じではありません。美濃焼伝統工芸品協同組合は、御深井を長石に木灰を混ぜた灰釉系の釉薬が鉄分で淡緑色に発色するやきもので、青磁を感じさせるものと説明しています。
Q. 御深井焼はいつ始まったのですか 辞典によって説明が分かれます。寛永年間(1624〜44)とする説明、2代藩主光友の時代とする説、天保年間(1830〜44)とする説明があります。
Q. 御深井の器は電子レンジや食洗機に使えますか 御深井だから使える・使えない、ということはありません。器ごとに製品の表示を確認し、業務で毎日回すなら対応表示のあるものを選んでください。
まとめ
御深井(おふけ)とは、長石に木灰を混ぜた灰釉系の釉薬が、鉄分によって淡い緑に発色するやきものです。名前は名古屋城の御深井丸に由来し、尾張徳川家の御庭焼として茶具・仏具・飲食器が焼かれました。その釉薬は、瀬戸・美濃の窯で江戸時代初頭から使われていたものです。
開窯の時期は辞典によって説明が分かれますが、淡い緑が鉄と焼き方で決まる色であることは変わりません。カフェの器として選ぶなら、同じ窯でのサンプル、並べたときの色の幅、追加発注での再現性を確かめてください。
灰釉の仕組みは 灰釉とは にまとめています。瀬戸・美濃で焼いたCAFORAのラテボウル 温 -ON-・拡 -KAKU- は、サンプル1点から実物を確かめられます。

