高取焼とは|遠州七窯の一つに数えられる産地の特徴と器の選び方

「陶器は厚くて重い、磁器は薄くて軽い」。器を選ぶとき、そう考えている人は少なくありません。けれども福岡には、その思い込みを裏切る陶器があります。高取焼です。
先に要点を書きます。高取焼とは、福岡県で400年以上焼かれてきた陶器です。福岡県は、その持ち味を「陶器でありながら磁器のような薄さと軽さ」と紹介しています。始まりは、黒田長政が朝鮮半島から連れ帰った陶工・八山に窯を開かせたことで、のちに茶人・小堀遠州の美意識の影響を受けて洗練されました。
この記事では、福岡県の広報紙と、最初の窯があった直方市の市報をもとに、高取焼の成り立ちと特徴を整理します。そのうえで、瀬戸と美濃で器を焼いている立場から、カフェの器として高取焼を見るときの判断軸をお伝えします。
高取焼とは:陶器なのに薄く軽い
福岡県の広報紙「福岡県だより」(2024年5月号)は、高取焼をこう紹介しています。
陶器でありながら磁器のような薄さと軽さが持ち味で、精密な工程、華麗な釉薬、きめ細かく繊細な生地が特長です
同じ記事は、高取焼が黒田藩の御用窯として盛況をみせた遠州七窯の一つであること、福岡県内のさまざまな土地へ移窯・増窯を重ねてきたこと、そしてその移り変わりに伴う作風の違いも魅力であることを伝えています。2024年3月26日には、福岡県が製造地を東峰村・福岡市・直方市・筑紫野市・添田町として、高取焼を新たに県の指定品目に加えました。
陶器と磁器は、本来は原料も焼き締まり方も違います。その違いは 陶器と磁器の違い にまとめています。高取焼は、陶器でありながら薄さと軽さを追い込んだところに特徴がある、と捉えると分かりやすくなります。
項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
種類 | 陶器 | 福岡県 |
持ち味 | 磁器のような薄さと軽さ | 福岡県 |
位置づけ | 黒田藩の御用窯、遠州七窯の一つ | 福岡県 |
開窯 | 慶長7年、直方市の鷹取山の麓・永満寺宅間 | 福岡県 |
製造地 | 東峰村・福岡市・直方市・筑紫野市・添田町 | 福岡県 |
高取焼の歴史:鷹取山の麓から始まった
高取焼の始まりを、直方市の市報(2026年4月号)はこう書いています。関ヶ原の戦いの功で筑前一国の大名となった黒田長政が、朝鮮出兵の際に連れ帰った陶工の八山(はちざん、のちの高取八蔵)に窯を開かせたのが始まりだ、と。同じ頃、西国の大名たちが朝鮮の陶工による窯を開いており、市報は薩摩藩の薩摩焼、長州藩の萩焼、小倉藩の上野焼、佐賀藩の伊万里焼を挙げています。
出典:市報のおがた 2026年4月号「400年の静寂をひらく 高取焼」|直方市
窯の移り変わりを、市報の記述から並べるとこうなります。
窯 | 内容 |
|---|---|
永満寺宅間窯 | 鷹取山(標高630m)の南麓に開かれた最初の窯。全長16.6m、傾斜角11度の割竹式の登り窯で、構造・製品ともに朝鮮半島の李朝陶器の影響が強い。直方市の文化財(史跡) |
内ヶ磯窯 | 慶長19年(1614年)開窯(『筑前国続風土記』『高取歴代記録』による)。全長46.5mの階段状連房式の登り窯で、美濃・唐津・備前などの影響を受けた多彩な製品を生んだ。将軍家などへ献上した茶器も焼かれた |
その後 | 寛永元年(1624年)に高取八蔵は山田村(現在の嘉麻市)へ。以後、窯は山田から白旗山(飯塚市)、小石原村(東峰村)へと移った |
内ヶ磯窯で、美濃の影響を受けた器が焼かれていたという記述は、美濃で器を焼いている私たちにとっても興味深い点です。美濃の焼き物については 美濃焼とは に、唐津については 唐津焼とは にまとめています。窯の形の違いは 登り窯と穴窯の違い をご覧ください。
なお、内ヶ磯窯跡は福智山ダムの完成で現地を見られなくなったため文化財の指定は受けていない、と市報は書いています。窯が最後に移った小石原村(東峰村)の焼き物については 小石原焼とは にまとめています。
遠州の「きれいさび」と高取焼
高取焼を語るうえで欠かせないのが、茶人・小堀遠州です。直方市の市報は、遠州が好んだ美しさを「きれいさび」と呼ばれる、上品さと静けさをあわせ持つ美しさと説明し、高取焼がその感性を取り入れて洗練された姿へと磨かれていったと書いています。
福岡県の観光公式サイトも、創始期の素朴な製品から、桃山風の力強い茶陶を経て、寛永年間に小堀遠州の指導を受け、遠州好みの洗練された茶陶を生産するようになったと紹介しています。
遠州七窯という呼び方は、奈良の赤膚焼にも使われています。茶の湯とともに育った産地を見比べるなら 赤膚焼とは もあわせてどうぞ。
薄さや軽さは、写真ではまったく分かりません。 CAFORAの器も、サンプル で実際の重さと口当たりを確かめられます。
カフェの器として高取焼を見るときの判断軸
私たちCAFORAは瀬戸と美濃で器を焼いています。つくる側から見ると、高取焼は「茶陶の薄さと軽さで選ぶ産地」です。その魅力が業務用でどう働くかを分けて考えると、選びやすくなります。
1. 薄さの利点とリスクを両方見る 薄い器は口当たりが繊細で、手に持ったときに軽く感じます。一方で、業務用では洗い場で重ねたときの縁の欠けが気になります。縁の厚みと、店の洗い方を照らし合わせてください。
2. 窯元ごとの作風の違いを前提にする 福岡県は、移窯・増窯に伴う作風の違いも魅力としています。同じ「高取焼」でも窯元によって表情が違うので、店の器としてそろえるなら一つの窯元で選ぶのが確実です。
3. 釉薬の表情とドリンクの色を合わせる 福岡県は「華麗な釉薬」を特長に挙げています。ラテの白や抹茶の緑と並べたときにどう見えるかを、実物で確かめてください。
4. 扱いの条件は製品ごとに確認する 陶器は製品によって吸水性が違い、電子レンジ・食洗機の可否も産地名では決まりません。毎日洗う業務用では、最初に確認しておきたい項目です。
日本の産地全体の中での位置づけは 日本の焼き物の種類 で見取り図にしています。
よくある質問
Q. 高取焼はどこでつくられていますか 福岡県は製造地を東峰村・福岡市・直方市・筑紫野市・添田町としています。
Q. 高取焼はいつ始まりましたか 福岡県は、慶長7年に直方市の鷹取山の麓、永満寺宅間に開窯したことに始まるとしています。直方市の市報は、黒田長政が陶工の八山(のちの高取八蔵)に窯を開かせたものと説明しています。
Q. 高取焼は陶器ですか、磁器ですか 陶器です。福岡県は「陶器でありながら磁器のような薄さと軽さが持ち味」と紹介しています。
Q. 高取焼と遠州七窯はどう関係しますか 福岡県は高取焼を「遠州七窯の一つ」と紹介しています。直方市の市報は、高取焼が茶人・小堀遠州の「きれいさび」の美意識の影響を受けて洗練されたと書いています。奈良市も赤膚焼を遠州七窯の一つとしています。
Q. 高取焼の名前の由来は何ですか 直方市の市報によれば、最初の窯は鷹取山の南麓に開かれ、陶工の八山はのちに高取八蔵と名乗りました。
Q. 高取焼はカフェの業務用に使えますか 使えます。ただし薄い器は縁の欠けに注意が要り、窯元によって作風も扱いの条件も違います。製品ごとに確認してください。
まとめ
高取焼とは、福岡県で400年以上焼かれてきた陶器です。黒田長政が陶工・八山に窯を開かせたのが始まりで、直方市の鷹取山の麓から、内ヶ磯・山田・白旗山・小石原へと窯を移しながら続いてきました。
特徴は、陶器でありながら磁器のような薄さと軽さ。小堀遠州の「きれいさび」の美意識を取り入れて洗練され、遠州七窯の一つに数えられています。
カフェで使うなら、薄さと縁の丈夫さ・窯元ごとの作風・扱いの条件を、実物で確かめるのが確実です。
CAFORAは、瀬戸と美濃の技術のうえで、バリスタの理想から器を設計しています。高取焼の器と比べてみたくなったら、瀬戸・美濃で焼いたラテボウル、両手で包む 温 -ON- と、ラテアートを広く見せる 拡 -KAKU- もご覧ください。サンプルは1点から購入できます。

