小石原焼とは|飛び鉋の模様が生まれる仕組みと、小鹿田焼との関係
規則的に並んだ細かい削りの模様。カフェの器として見たことがある方も多いと思います。あの模様には名前があり、つくり方が決まっています。「飛び鉋(とびかんな)」といいます。
先に要点を書きます。小石原焼とは、福岡県朝倉郡東峰村でつくられる陶器です。飛び鉋や刷毛目といった加飾に特徴があり、昭和50年(1975)に伝統的工芸品に指定されています。そして、よく似た器がある小鹿田焼(おんたやき)は、小石原焼から分かれて始まった産地です。
この記事では、東峰村と伝統的工芸品産業振興協会の記述をもとに、小石原焼の成り立ちと飛び鉋の仕組みを整理します。そのうえで、瀬戸と美濃で器を焼いている立場から、カフェの器として小石原焼を見るときの判断軸をお伝えします。
小石原焼とは:福岡県東峰村でつくられる陶器
伝統的工芸品産業振興協会は、小石原焼の主要製造地域を朝倉郡東峰村、指定年月日を昭和50年5月10日としています。特徴はこう書かれています。
刷毛目(はけめ)の大皿、飛び鉋(かんな)の壷等、加飾に特徴があります
つまり小石原焼の個性は、形でも色でもなく「模様のつけ方」にある産地です。ここは押さえておくと、他の産地との違いが分かりやすくなります。
歴史については、同協会が次のように整理しています。
17世紀、江戸時代前期に黒田藩藩主によって開かれた、筑前最初の窯です。当初はその地名から「中野焼」と呼ばれ、大型のかめ、壷、徳利等の磁器を焼いていましたが、18世紀初めから陶器が焼かれるようになり、小石原焼と呼ばれるようになった
始まりは磁器で、途中から陶器になった産地です。東峰村は開窯を「天和2年(1682)、黒田3代藩主・光之が招いた肥前・伊万里の陶工が中国風の磁器を伝え」たこととしています。陶器と磁器がどう違うのかは 陶器と磁器の違い に、日本の産地ごとの成り立ちは 日本の焼き物の種類 に整理しています。
飛び鉋とは:白い化粧土を、刃先で削って模様にする
飛び鉋は、模様を「描く」技法ではありません。削って出す技法です。
福岡県の観光公式サイトは、飛び鉋を「赤土の上に白色の化粧土をかけ、刃先で規則的に化粧土を削いでいく技法」と説明しています。並んで挙げられている刷毛目は「化粧土が乾く前にハケで模様を入れていく」技法です。
ここで要になるのが化粧土です。素地とは別の色の泥を器の表面にかけ、その層を削ったり刷いたりすることで、下の土の色が出てくる。模様の正体は、二層の土の色の差ということになります。白い化粧土をかける技法そのものについては 粉引とは にまとめました。
東峰村は、小石原焼の技法として次の6つを挙げています。
- 飛び鉋 … 刃先で規則的に化粧土を削る
- 刷毛目 … ハケで模様を入れる
- 櫛目 … 櫛状の道具で線を引く
- 指描 … 指で描く
- 流し掛け … 釉薬や化粧土を流しかける
- 打掛け … かけ流す
いずれも道具と手の動きがそのまま模様になるやり方です。同じ窯元の同じ器でも、一つひとつ線の出方が違うのはそのためです。
小鹿田焼との関係:小石原の陶工が伝えた
飛び鉋の器を調べると、小石原焼と小鹿田焼が並んで出てきます。似ているのは偶然ではありません。
日田市は、小鹿田焼の始まりをこう説明しています。
宝永2年(1705)小石原焼の陶工柳瀬三右衛門らによって導入され開窯したと伝えられています
小石原から人が移って始まった産地です。同市は小鹿田焼の技法を「刷毛目・飛び鉋・櫛目・指描き等の技法により模様が施され」と書いており、技法の並びが小石原焼とほぼ重なります。原料を「唐臼で粉砕し」、成形に「蹴轆轤」を用い、「登り窯による焼成」を行うことも記しています。窯の形と焼き上がりの関係は 登り窯と穴窯の違い にまとめました。
つまり両者は、同じ技法の系統にある親子のような産地です。所在地は小石原焼が福岡県東峰村、小鹿田焼が大分県日田市源栄町皿山で、県をまたいでいます。
重さも口当たりも、写真では分かりません。 CAFORAの器も、サンプル で実際に手に取って確かめられます。
「用の美」と評価されてきた産地
小石原焼と小鹿田焼は、民藝運動のなかで注目されてきた産地でもあります。
日田市は、小鹿田焼について「昭和6年には民芸運動の指導者柳宗悦の来山により、その伝統的な技法と質朴・雄勁な作調が賞揚され」と記しています。小石原焼の側は、東峰村が「生活雑器としての道を歩みながら、用と美を確立した」と説明し、「昭和33年(1958)ブリュッセルで開かれた万国博覧会日本館第3部出品でのグランプリ受賞」、そして「昭和50年(1975)には陶磁器では日本初となる伝統的工芸品に指定されました」としています。
日常の器として使われ続けたことが、そのまま評価の理由になっている産地です。民藝の文脈で語られる産地としては 益子焼とは も同じ系譜にあります。
カフェの器として小石原焼を見るときの判断軸
私たちCAFORAは瀬戸と美濃で器を焼いています。つくる側から見ると、小石原焼は「一枚ずつ違うことを前提にした器」です。カフェで使うなら、そこをどう扱うかが分かれ目になります。
1. 個体差を受け入れられるか 飛び鉋も刷毛目も手の動きで出る模様です。同じ模様の器は二つとありません。それを魅力と取るか、揃わないと取るかで判断が変わります。
2. 化粧土の器としての扱いを確認する 表面に別の土の層がある器です。扱いの条件は窯元ごとに違うので、産地名ではなく製品ごとに聞いてください。素材による吸水性・強度の違いは 食器の素材の種類 が参考になります。
3. 食洗機・電子レンジの可否は製品ごとに見る 産地では決まりません。毎日洗う業務用なら、最優先の確認項目です。
4. 追加発注できるかを最初に聞く 個人窯元が多い産地です。割れたときに同じ器を買い足せるかを、最初に確認しておくと安心です。
よくある質問
Q. 小石原焼はどこでつくられていますか 伝統的工芸品産業振興協会は、主要製造地域を福岡県朝倉郡東峰村としています。
Q. 飛び鉋とはどんな技法ですか 福岡県の観光公式サイトは「赤土の上に白色の化粧土をかけ、刃先で規則的に化粧土を削いでいく技法」と説明しています。描くのではなく、削って模様を出します。
Q. 小石原焼と小鹿田焼は何が違いますか 産地が違います。小石原焼は福岡県東峰村、小鹿田焼は大分県日田市です。日田市は小鹿田焼を「宝永2年(1705)小石原焼の陶工柳瀬三右衛門らによって導入され開窯した」と伝えており、技法の系統はつながっています。
Q. 小石原焼は陶器ですか磁器ですか 現在は陶器です。伝統的工芸品産業振興協会は、当初は磁器を焼いていたが「18世紀初めから陶器が焼かれるようになり、小石原焼と呼ばれるようになった」としています。
Q. 小石原焼はいつ伝統的工芸品に指定されましたか 伝統的工芸品産業振興協会によれば、指定年月日は昭和50年5月10日です。東峰村は、これが陶磁器では日本初の指定だったとしています。
Q. 小石原焼はカフェの業務用に使えますか 使えます。ただし模様に個体差が出る器なので、全席を同じ見た目に揃えたい店には向きません。扱いの条件と追加発注の可否を、製品ごとに確認してください。
まとめ
小石原焼とは、福岡県朝倉郡東峰村でつくられる陶器です。17世紀に黒田藩藩主によって開かれた筑前最初の窯を起源とし、当初は磁器を焼いていましたが、18世紀初めから陶器の産地になりました。
個性は形でも色でもなく、加飾にあります。飛び鉋は「赤土の上に白色の化粧土をかけ、刃先で規則的に化粧土を削いでいく技法」で、模様の正体は二層の土の色の差です。よく似た器をつくる小鹿田焼は、宝永2年(1705)に小石原焼の陶工が移って始まった産地で、技法の系統がつながっています。
だからこそ、カフェで使うときの判断は「模様が好きかどうか」ではなく、一枚ずつ違う器を店として引き受けられるかで決まります。
CAFORAは、瀬戸と美濃の技術のうえで、バリスタの理想から器を設計しています。小石原焼の器と比べてみたくなったら、瀬戸・美濃で焼いたラテボウル、両手で包む 温 -ON- と、ラテアートを広く見せる 拡 -KAKU- もご覧ください。サンプルは1点から購入できます。

