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食器のこと2026.09.23

清水焼とは|京焼との関係と、様式が一つに決まらない産地の特徴

清水焼とは|京焼との関係と、様式が一つに決まらない産地の特徴

「清水焼のカップを入れたいんですが、どれを選べばいいですか」と聞かれて、答えに詰まったことはないでしょうか。産地名までは分かっても、そこから先が絞り込めない。清水焼は、そういう性格の産地です。

先に要点を書きます。清水焼とは、清水坂界隈の窯元で焼かれていた焼き物と、京都市内各地にあった窯元の焼き物の総称です。国の伝統的工芸品としての指定名称は「京焼・清水焼」で、京焼と清水焼は別々の指定ではありません。そして最大の特徴は、一つの様式に収まらない技法の多様さにあります。

この記事では、京都陶磁器協同組合連合会・京都府・伝統的工芸品産業振興協会の公式の記述をもとに、清水焼の成り立ちと特徴を整理します。そのうえで、瀬戸と美濃で器を焼いている立場から、カフェの器として清水焼を見るときの判断軸をお伝えします。

清水焼とは:京都市内各地の窯元でつくられた器の総称

産地の代表団体である京都陶磁器協同組合連合会は、こう定義しています。

京焼・清水焼は、京都を代表する伝統的工芸品のひとつで、清水坂界隈の窯元で焼かれていた焼き物や京都市内各地にあった窯元の総称です。

ここで押さえておきたいのは、清水焼が「ひとつの窯」や「ひとつの様式」の名前ではないということです。連合会には清水焼団地協同組合・京都府陶磁器協同組合・京都青窯会協同組合・京都色絵陶芸協同組合・京都日吉製陶協同組合・京焼炭山協同組合という複数の組合が名を連ねており、産地そのものが集合体として成り立っています。

伝統的工芸品としての指定は、伝統的工芸品産業振興協会によれば昭和52年3月20日。主な製造地域は「京都市、宇治市、城陽市、向日市、亀岡市、長岡京市」です。京都府も、製造されているのは「東山地区のみならず山科や宇治市の炭山地区」と説明しています。清水寺の周辺だけでつくられているわけではありません。

日本の産地ごとの成り立ちの違いは 日本の焼き物の種類 に整理しています。

京焼・清水焼の歴史:平安京から名工の系譜へ

京都府は「京都におけるやきものの歴史は千二百有余年前に遡ります。奈良時代に、僧行基が清閑寺(東山区清閑寺)に窯を築いて土器を製造」していた、と記しています。伝統的工芸品産業振興協会も「始まりは平安時代以前に遡りますが、平安京の造営と同時に本格的に焼き物作りが始まりました」としています。

産地としての輪郭がはっきりするのは江戸時代です。連合会は、寛永元年(1624)に「瀬戸の焼物師三文字屋九右衛門が粟田口蹴上に窯を築き」粟田口焼が始まったと記しています。京都の焼き物の歴史に、瀬戸の陶工が関わっている——私たちが瀬戸で器を焼いていることもあって、ここは何度読んでも面白い記述です。瀬戸と美濃の成り立ちは 瀬戸焼と美濃焼の違い にまとめました。

そのあと、名前の残る陶工が続きます。

  • 野々村仁清:正保初年(1644)頃、御室仁和寺前に窯を開く。京都府は「錦手の秘法を会得」し「華麗で優雅な色絵陶器」を創出したと記す
  • 尾形乾山(1663〜1743):元禄十二年(1699)に鳴滝へ窯を開く。「装飾性に富んだ絵模様で、独自の意匠性を加え」た
  • 奥田頴川(1753〜1811):磁器焼成を大成
  • 青木木米(1767〜1833):煎茶器を得意とした名工
  • 仁阿弥道八・永楽保全:京都府は、これらの名工が続いて「伝統的な京焼・清水焼の全盛をもたらし」たとする

明治に入ると、伝統的工芸品産業振興協会が記すとおり「ドイツ人工芸家ワグネル招聘により諸外国の技術が取り入れられ」ます。外から技術を入れて更新し続けてきた産地だということが、歴史のどの段階を見ても出てきます。

清水焼の特徴:様式ではなく「技法の多様さ」で語られる

多くの産地は、土や釉薬の性格で説明できます。清水焼はそうなっていません。連合会は、特徴を「歴史と共に磨き上げられてきた多様性」とし、こう続けます。

古来より様々な地域の技法や表現を時代時代に取り入れ、独自に昇華させてきました。

京都市の伝統産業の紹介でも、「技術、技法の多様さ、華やかさで整然とした美しさが特徴である」とされています。伝統的工芸品産業振興協会の説明も、「伝統を重視した繊細、優麗、巧緻な器と、現代の暮らしに潤いを与えるにふさわしい斬新な器とが共存し」、それぞれが独特の雰囲気を保っている、という書き方です。

成形の方法からしてひとつではありません。京都府は、製品によって「手工法、ロクロ法、石膏型による型押し法、流し込み法など」が用いられると説明しています。手仕事の一点ものも、型を使った量産も、同じ産地名の中にあるということです。

素材も一つに決まりません。奥田頴川が磁器焼成を大成したという記述のとおり、清水焼には陶器も磁器もあります。吸水や強度、口当たりがどう変わるかは 陶器と磁器の違い と 食器の素材の種類 にまとめました。色絵・上絵付けの考え方は 上絵付けと下絵付けの違い、同じく上絵付けで知られる産地は 九谷焼とは が参考になります。

「清水焼だから、こういう器」とは言えない。 これは欠点ではなく、産地の設計思想です。ただし、器を業務で使う側にとっては、産地名が仕様の手がかりにならないということでもあります。

焼き方も更新されている:京式登り窯から電気窯・ガス窯へ

京都府は、焼成についてはっきりと書いています。

従来、京式登り窯によっていましたが、最近では電気釜やガス釜に移行

ここは器を選ぶ側にとって実用的な情報です。登り窯や穴窯は、窯の中の置き場所によって一つひとつの焼き上がりが変わります(→ 登り窯と穴窯の違い)。電気窯・ガス窯は温度と雰囲気を管理しやすいぶん、同じものを繰り返しつくる方向に寄せられる焼き方です。

つまり清水焼の中には、「一点ごとの表情を楽しむ器」と「仕様を揃えやすい器」が両方あります。カフェで何十個と使うなら、どちらの前提でつくられた器なのかを最初に確認するのが近道です。

重さも口当たりも、写真では分かりません。 CAFORAの器も、サンプル で実際に手に取って確かめられます。

カフェの器として清水焼を見るときの判断軸

1. 産地名ではなく、その器の素材を確認する 清水焼には陶器も磁器もあります。吸水性・強度・重さは素材で変わるので、「清水焼」という括りでは決まりません。

2. 成形方法を聞く 手びねり・ロクロ・型押し・流し込みで、個体差の出方がまったく違います。同じ形を何十個と揃えたいのか、一点ずつの違いを歓迎するのかで、選ぶ先が変わります。

3. 食洗機・電子レンジの可否は製品ごとに見る 産地では決まりません。特に上絵付け(絵の具を釉薬の上にのせて低い温度で焼き付ける技法)の器は、扱いの条件を必ず確認してください。

4. 追加発注できるかを最初に聞く 窯元が多く、作家ものも多い産地です。割れてから探して「同じものはもう無い」となるのが、業務用でいちばん困ります。

よくある質問

Q. 京焼と清水焼は違うものですか 国の伝統的工芸品としての指定名称は「京焼・清水焼」で、ひとつの品目です。京都陶磁器協同組合連合会は、清水坂界隈の窯元の焼き物と京都市内各地にあった窯元の焼き物の総称、と説明しています。

Q. 清水焼はどこでつくられていますか 伝統的工芸品産業振興協会は、主な製造地域を「京都市、宇治市、城陽市、向日市、亀岡市、長岡京市」としています。京都府は「東山地区のみならず山科や宇治市の炭山地区」で製造されているとしています。

Q. 清水焼はいつから伝統的工芸品ですか 伝統的工芸品産業振興協会によれば、指定年月日は昭和52年3月20日です。

Q. 清水焼は陶器ですか、磁器ですか どちらもあります。京都陶磁器協同組合連合会は、江戸末期の奥田頴川(1753〜1811)が磁器焼成を大成したと記しています。選ぶときは産地名ではなく、その器の素材で判断してください。

Q. 清水焼の代表的な陶工は誰ですか 京都府は、色絵陶器を創出した野々村仁清、意匠性を加えた尾形乾山を挙げ、江戸末期には青木木米・仁阿弥道八・永楽保全などの名工が続いたとしています。

Q. 清水焼はカフェの業務用に使えますか 使えます。ただし成形方法も素材も幅が広いため、重さ・食洗機/電子レンジの可否・追加発注の可否を、産地名ではなく製品ごとに確認してください。

まとめ

清水焼とは、清水坂界隈の窯元で焼かれていた焼き物と、京都市内各地にあった窯元の焼き物の総称です。伝統的工芸品としての指定名称は「京焼・清水焼」で、指定は昭和52年3月20日。産地は京都市のほか宇治市・城陽市・向日市・亀岡市・長岡京市に広がっています。

特徴は、ひとつの様式ではなく技法の多様さそのものです。成形は手仕事から型まで、素材は陶器から磁器まで、焼成は京式登り窯から電気窯・ガス窯へと、時代ごとに外の技術を取り込みながら更新されてきました。

だからこそ、カフェで使うときは産地名ではなく、その器の素材・成形方法・扱いの条件で判断するのが確実です。

CAFORAは、瀬戸と美濃の技術のうえで、バリスタの理想から器を設計しています。清水焼の器と比べてみたくなったら、瀬戸・美濃で焼いたラテボウル、両手で包む 温 -ON- と、ラテアートを広く見せる 拡 -KAKU- もご覧ください。サンプルは1点から購入できます。

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